裏の家の名前おねえさんと探偵の昼下がり

「あなた、完ちゃんのお友達?」
「へ・・・・ぇ、うわ!わ!!?」
背後から突然、声をかけられ、驚きのあまり声が裏返った。
張り込み中の探偵が背後を取られるなんて、白鐘直斗、一生の不覚。思わず出てしまったさっきの女らしい悲鳴を無かったことにしたく、なんとか平静を保つよう自分を言い聞かせるが、早鐘を打つ心臓はそうは簡単におさまらない。
そんな僕の心境などお構い無しに、目の前の女性はニコニコと僕を見つめてくる。どうしたものか。そもそもこの和服姿の女性は一体何者なんだ?何故、僕がここでずっと巽屋を伺っていたことがわかった?巽屋は完二くんの母親が一人で切り盛りしていると聞いていたが・・・いやまずそれより先に・・・

「あの・・・”かんちゃん”というのは・・・・?」
「あ、完二くんのこと。巽完二くんの”完ちゃん”」

そのかわいらしい響きに思わず噴出しそうになったことはここだけの話。


「あなたが完二くんを探してくれた探偵さんでしたか。お話は聞いています、その節は大変お世話に――」
「い、いえ、僕はなにも―――。あ、お茶、頂きます。」
巽完二の幼馴染だという彼女に促されるまま巽屋の店先に通され、差し出された冷たい麦茶をすする。冷たい喉越しに、思えば結構な時間、外で立ちっぱなしだったのだなといまさら気付いた。彼女はたまたまそんな僕の姿に気付いて、この炎天下の中、大丈夫なのかと気になり声をかけたらしい。
苗字名前、そう名乗る彼女は、店主である彼の母親が得意先に出掛けている間、店番をしていたのだと言う。
「まぁ店番っていっても、来るお客さんも限られてるから、本当にいるだけなんだけどね」
そう言って上品に笑う彼女の姿は、本人が言う年齢以上に大人びた雰囲気を醸し出していて、思わず見惚れてしまう。

実のところ、巽屋を見張っていたのは理由があっての行動ではない。
いま抱えているあの失踪事件に関して今だ何の進展がなく、しかし家でじっともしていられなかったために、「現場百回」ではないがとりあえず足を運んでみた、ただそれだけだったのだ。現に巽屋を眺めながら思考は巡らせていたものの、新しい気付きは残念ながら無かった。
しかし、そこに被害者の幼馴染という人物が現れた。無論、事件にはまったく関係ないかもしれない。しかし、見過ごすにはあまりに大きな接点だ。
彼女の好意を自分の探偵家業の収穫になるかもしれない、などと考えてしまう自分に少々の幻滅はしたが、心の中で謝罪をしつつ話をさせてもらうことにした。

「連れ込んじゃってごめんなさいね。いや、暑さで倒れないかなって言うのも心配だったんだけど、実は完二くんの恋人なんじゃないかと思って」

ぶっはっっっ

吹いた。思わぬ一言にさっきまで考えていたことなんてお茶と一緒に吹き飛んだ。
「ち、違いまっ・・・ごほっごほっっ・・・・!!!」
「あぁああ!ごっ、ごめんねぇええっ。そんなに驚くなんて・・・図星だったね・・・////」
「いや違います!そこが違います!恋人とかじゃなく、捜査の一環で話しを聞いただけで!」
「そうなんだ~残念。こんなかわいい女の子が彼女だったらいいのに~って、つい早とちりしちゃった。」
「彼女もなにも、友人としてすら・・・・」

・・・・・・・ちょっと待て。

「・・・・僕のこと、女だって、どうし、て・・・・?」
「えっ。いやぁ、だって、女の子、だよね?・・・あれ、違った!?」
「い、いえ。たしかに僕は女です。ですが初対面ですぐそうとわかった人はあなたが初めてです・・・」
「そうなの?みんな見る目ないんだねぇ~」
偶然とはいえひと目で性別を見抜かれた驚きをケラケラと軽く笑い飛ばされて、呆気にとられてしまった。


「完二くんと話す?もうそろそろ帰ってくると思うけど」
「いえ、今日はただ様子を見に来ただけなので。これを頂いたらすぐお暇させていただきます」
「じゃあ、あえてそれを引き止める」
そして、まるで賭場のサイコロを振るような仰々しさでドン、と目の前に置かれるみぞれカップ。
「・・・・・え?」
「もし急いでなければ、一緒に食べない?」
「いや、僕は・・・・」
「いちごやコーヒーもあるよ。あっ、ハーゲンダッツも!」
「いえ、そんなご馳走になるわけには・・・・」
「お願いっ、私が食べたいんだけど店番の身だと一人じゃ食べ辛くて」
「あなたが食べたいんですかっ!!!」
「お願いしますよ~~~」

先ほどまでの大和撫子はどこへ行ったのやら、仏を拝むようなポーズでアイスの共犯になれとせがまれる。そんな年上とは思えない仕草さえ、この人がやるとどこか可愛らしくて憎めない。大学生と聞くと、成人もしてそこそこ大人なイメージを持っていたが、こんな年上の女性もいるのだなと、なにやら新しい感動を覚えた。

「・・・・じゃあ、僕はそのコーヒー味が食べたいです」
「じゃあっ、私はこの真っ白なみぞれでお供しますわっ」

一瞬、顔を見詰め合って笑顔がこぼれる。
あぁ、思えばこの街に来てから、こんな風に誰かと話したことは無かった気がする。もちろん事件あってきているのだから、バカンスや癒しなんてこれっぽっちも求めてきてはいないが、いかに自分が毎日、この終わりの見えない事件のことで気を張り詰めていたのかを痛感した。
これが田舎の良さというものなのかな・・・・
そんなことを思いつつ、僕はもらったコーヒー味の氷菓を一口含む。中央にうまったクリームと相まって、ちょっとコクのある、でもアイスクリームには無い爽やかな後味が広がって、思わず「美味しい・・・」とつぶやいた。

「こんな暑い日はやっぱりアイスが美味しいよね~。白鐘さんはコーヒー味が好きなの?」
「えぇ、あまり体にはよくないんでしょうが、普段もコーヒーばかり飲んでいますね」
といっても、ミルクも砂糖もいれたお子様向けもいいところの、コーヒーもどきなのだが。
それにしても、自分が”さん”付けで呼ばれるのはなんともこそばゆい。まるで他人を呼ばれているような気分だ。そんな僕の違和感などおかまいなしに、目の前の人は優しく笑う。
外では蝉の声と、どこかで遊んでいるであろう子どもたちの大きな笑い声。時おり店の前を通り過ぎる車ですらも、どこかのんびりとした風景を形作って。

「夏真っ盛りだね、アイスがこんなに美味しい」
「そうですね・・・・」

人は「そんなことで」と笑うかも知れないけれど
誰かとこんな風にアイスを食べる、なんてことすら、実は僕には嬉しくて。

だからこそ最後の一口が、この僅かな時間の終わりを告げるようで、少し寂しい気持ちにもなった。


「―――――ただいま~・・・・って、あれ?お袋は?」
「おかえり、完ちゃん。おばさんは斉藤さん家に届け物。そろそろ帰ってくるんじゃないかな。」
「また店番してたのか、名前。いいっつってんのに。」
「お店はいつでも開いていてなんぼ!猫の手でもいないよりマシでしょ~」
「お前、どこでそんな商い根性、身につけたんだよ・・・・って、おい」
「あ、アイスいただきました~ごちそーさま!」
「いや、いいけどよ、二つ食ったのかお前」
「いーえ、かわいいお客様と一緒にいただきました。」
あいたカップを重ねつつ、満足げな顔をして名前が言う。
「?」
「名探偵とね」
「・・・・??」
「白鐘直斗探偵」
「・・・・はぁ!!!!???」
「一足遅かったね、完ちゃん」
いたずらっ子のように笑う名前の前に、俺が言えることなどなにも残されてなかった。