そして迎えた練習試合当日。
先日の流れから俺も選手として参加することになり、今、まさにウォームアップ中。新入部員の鳴上に毎度の助っ人、長瀬はもちろんのこと、件の神童・苗字名前も。
「・・・つーか、どう考えても無理があるって・・・」
海老原が持ちうる限りの技を使って苗字名前を男装させたその努力は認めよう。
だが、もともとがきれいな顔立ちな上に、高校男児というにはどう考えても無理のある体格。実際、相手チームのやつらもチラチラとこちらを見てきては小声で何か言っている。
ボンキュッボンだった胸でさえ、あんなまったいらになるほどさらしで押さえつけられて、なんとムゴい・・・・
「ちょっとあんた、名前の体をあからさまに見過ぎなんですけど、キモイ」
「うぁぇえぇ海老原!そ、そんなつもりは無いって!」
「どうかな〜。悠!こいつが名前に変なことしないように、ちゃんと見張っててよね!」
「花村に限ってそれは無いだろ。」
さすが相棒!そうだよな、俺がそんなことするわけないって
「ゲーム中は余裕無いし、そんな度胸無いだろうし」
相棒!!!!!(涙)
そんな落ち込む俺のユニフォームをつんつん引っ張るのは、
「苗字っ・・・・」
「はなむら先輩、どうしたんですか?試合前にそんな項垂れて」
「苗字っ、俺、そんなやましい気持ちでお前のこと見たりしてないから!信じてくれ!」
「やま…そんなふうに思ったこともありませんけど…?ところで先輩、ひとつ教えてください」
「ん?なんだ?」
「このまえ、えびはら先輩に名前の胸はEね!」と言われたんですけど、Eとはなんですか?何かの暗号ですか?」
前言撤回、ちょっと気持ちが落ち着くまで待ってください。
そして試合が終わってみれば、ゲームは圧倒的な負け。
一条に申し訳ない気持ちで、俺たちは今、愛屋にいる。
『一条の最後の試合になるかもしれないんだぞ!!』
試合中、コートの横でキャットファイトを繰り広げていた里中と海老原にそう告げた鳴上だけは、事前に聞いていたことなんだろう。いや、一条と仲のいい長瀬も当然、知っていたと思う。まったく気付いていなかった俺や里中たちは、突然のことに一条にかける言葉もなく気まずい空気が流れていた。
だからこそ、
「―――おれ、バスケ部、続けるわ―――」
どんぶりをきれいに食べ終え晴れ晴れとした顔でそう告げた一条に、俺たちがどれだけ救われたことか。
日中しとしとと降っていた雨はようやく上がり、まだ空にたちこめる雲の間からわずかながら夕焼けがさす商店街を、みんなで家路に着く。
俺と里中の間に並んだ苗字に「おつかれさん」と一声かけようとしたところで、長瀬と前を歩いていた一条が先に声をかけてきた。
「名前ちゃん、今日はほんと、ありがとな!」
「いちじょう先輩。いえ、力不足で申し訳ない・・・・」
「なに言ってるんだ。一人で21点も入れておいて、力不足なんてあり得ないだろうw」
「ながせ先輩・・・そう、ですか?でも、スポーツは結果が全てだと聞きました」
「あっはっは、名前ちゃんてストイックだよなぁホント。うーん・・・たしかにさ、今日は負けて悔しいけど、試合できてすっげー楽しかったし。
もっともっと練習してうまくなりたいしさ。あ、そりゃ勝てればすっごい嬉しいよ?でもなんつーのかな・・・・・それまでの過程もやっぱ大切っつうか・・・・・」
「安心しろ苗字、スポーツマンは基本的にマゾなんだ」
「どわ!ちょ、鳴上!いきなりなに言ってくれちゃってんの!」
「まぞ?」
「そう、マゾヒスティックのマゾ。だからどんどん痛めつけてあげるといいよ」
「まあそうだな、一条はたしかに、褒めるより叩いて伸ばすほうがあってるな」
「痛めて叩く・・・・わかりました、考えたこともないですが、やってみます。」
「おーい待て待てそこの。こら。落ち着いたトーンで怖いこと相談すんなー」
「だから苗字、これからもバスケ、やろうな」
「はい、もちろん」
「・・・・・・・ん?」
「これからもよろしくな、一条」
「いちじょう先輩、よろしくお願いします」
「っ・・・・おまえら・・・・大歓迎だぜ・・・!!」
夕焼けをバックに涙ぐむキャプテンと部員たち・・・・。「青春だねぇ・・・」里中の一言に思わず頷く。
「あの、一条君・・・・・」
「ん?海老原、どうした?」
「里中さんはマネージャーやめるけど、わ、私は・・・その、これからもバスケ部にいて、いい・・・?」
「あったり前じゃん!頼むぜ、マネージャー!」
「おお、あの海老原がデレている・・・!?青春その2ってとこか・・・・」
「・・・海老原さんって鳴上くんの彼女じゃないの?」
「いや、彼女なんだろ?」
「なんか一条くん相手のときのがこう、なんてーの?乙女〜って感じ、出てない?」
「え?そうかぁ??」
「うーん気のせいかなぁ〜・・・」
ま、どっちにしろアタシはもう会うことも無いと思いますけどネー、などと軽く言い放って、里中はさっさと半歩先を歩きだし、俺の右横で一人になった苗字名前にようやくおつかれと声をかけると、夕焼けの逆光にやや目を細めつつ苗字がこちらを向いた。
「苗字、今日はほんと、お疲れさん」
「はなむら先輩も、お疲れ様でした。バスケというのは難しいものですね、個人の力だけでなく、チーム全員がまとまらないと勝負には勝てない。とても面白かったです。」
「怪我がなくてよかったよ。俺がどれだけひやひやしたことか・・・・」
「ありがとうございます。おかげで貴重な経験ができました。それに、人というものが少し、わかった気がします」
「?」
ふと横を見ると、ほとんど表情を崩さない苗字が少し、笑ってる気がした。
視線の先を追えば、一条の隣を歩く海老原の姿が。
「海老原と仲良くなったのか?意外だな」
「そうですか?えびはら先輩はとても優しい方ですよ。私の面倒をいろいろ見てくださいましたし」
「あいつが??へえー見た目によらず世話焼きなのな」
「それに、一途なところがよく似ています。だから私、好きなんです。」
「あの子も、ようすけも」
・・・・今の幻聴?え?おれ、今、この子に好きって言われた??
いやいやいや、好きってお前、そりゃただのLikeってことであって・・・・・
『 私にとっては ようすけがなにより大事ですから 』
ふいにこの前、ジュネスの裏方で言われたあの言葉を思い出し、俺は完全にフリーズした。これはもしかして・・・この展開はもしかすると!!!
「そうそう、えびはら先輩は下着をつけるということも教えてくださったんですよ。なんでしたっけ、ええと、ブラジャー?」
「ぶっ・・・・・・」
「あれは画期的ですね、女性の胸はたしかに脂肪のかたまりであって、動くたび揺れるのは仕方のないことなのだと諦めていましたが、着けるとここまで動きやすくなるとは、正直驚きました。特にバスケットのように激しい運動するときには―――」
「ちょ、ちょっっとまて苗字!その・・・ひとつ、教えて。お、お前がその、ぶ、ブラ、を付けたのはいつからだ??」
「?私がバスケット部に入ったその日に買いに行きましたから、つい3日前からですね」
それがどうしたと言わんばかりの顔をして、さらりと彼女は答える。
・・・ということは、どうだ。
この苗字名前は、あれだけのものを持ちつつも、そのまま制服を着て学校に登校し、そのまま体操着を着て体育の授業を受け、そのままジュネスのバイトもしてたってことか??初めてあの神業スリーポイントを決めたときも、つけてなかったってことか??
この間、ジュネスで俺にもたれかかってきたときも!してなかったってことなのか??!
「・・・・・・っっもったいねぇええええええ!!!!!」
「ちょっと、なに!?花村が発狂した!!?」
「おいおい花村。夕日に向かって叫ぶなら、そんなしけたセリフ選ぶなよ」
「長瀬の言うとおりだな。どうせ叫ぶならなぁ・・・・・俺は!バスケが!大好きだ―――――!!!」
「あっはははははは!!いいぞ一条―――――!!!」
「おぉ、一条たちが夕日に向かって走っていく・・・・・・」
「あっ、ま、待って一条くん!あたし!一条くんのことが―――――!!!////」
「えっ海老原さんまでなに!?鳴上くんの彼女じゃなかったの!?」
「あぁ、エビの本命はもともと一条だよ。もう吹っ切れたみたいだし、あのまま追いかけさせてやろう」
「えぇええ意味わかんないよ・・・!ていうか花村がいちばん意味不明だよ!何があったの名前ちゃん!?」
「私は、ただブラジャーの素晴らしさを・・・」
「うわああああぁ苗字、その名詞を連呼するな頼むから!」
「ぶっ・・・・花村・・・苗字に一体なにを・・・・・」
「違う鳴上!俺は何もしてない!そんな目で見るなぁ!!」
「・・・・名前ちゃん、こっちおいで。いい?もし嫌なこととか気持ち悪いことがあったら、遠慮なく蹴るんだよ?」
「やめて里中、その蹴り上げる動作を見るだけで急所が痛い・・・・」
はー顔が熱い。今が夕焼けの時間でつくづくよかったと、きっと真っ赤になっているであろう自分の顔を掌で半分覆う。
横目で苗字を見やると、きょとんとした顔で大人しく里中にガードされている。

・・・・まあ、うまくやってるようで何よりだよ。
そんなことを思った俺は、半年前・ここに転校してきた頃の自分を重ねていたのかもしれない。
少し強い風が吹き抜けて、夕焼けは夜に変わりつつあった。