二度目の白状をしよう。俺はこんな手のかかる子、見たことがない。
俺は2年生、苗字名前は1年生。
俺があいつについてわかってることなんて、ほんと名前だけだし、あとは俺と同様、放課後ジュネスでバイトしてることくらい。
そのジュネスでの苗字名前はどうかというと、勤労態度は申し分ないほど真面目で働き者。
愛想は無いが、どこで覚えたんだというくらいテキパキとした働きぶりでジュネスのアルバイターはもちろん、正社員からも既に頼りにされている始末。
一方、思い起こせばマヨナカテレビの中での神出鬼没ぶりなんてもっと神懸っているし、総括してみるとテレビでもリアルでも超人ぶりをいかんなく発揮している。
しかし、超人は時にその超人さ故に予測もつかない行動に出るようで―――
〜朝の出来事〜
偶然会った俺と苗字は、そのまま学校に行ったわけだが。
「そうだ―――はなむら先輩、理科室がどこか教えてもらえませんか。
今日は当番というものに当たるそうで、事前に準備に行かないといけないんです。」
「あぁ、それだったらほら、お前がいま立ってるとこの、すぐ後ろの教室。
ほら、あのちょっと窓が開いてる―――って、何、その窓から入ろうとしてるんですか苗字サン!!?」
「え?だって、わざわざ下駄箱を経由するより、ここから直接入ったほうが速いですよね?」
「いやいやいやそれは違う!当番ってそんな一刻を争うような任務じゃねーから!どんなときでも下駄箱通って学校入って!あと見えるから!」
何が見えるとか聞くなよ。屈んだ時に見えがちなあれだよ言わせんな。
〜日中の出来事〜
体育の授業中、怪我をしたので保健室に行ったわけだが。
「あーほんとドジったな…まさかあの程度の跳び箱で顔面から落ちるなんてよ〜…」
ガラガラっ
「あ、すいません先生。いなかったんで勝手にアイスノン借りてま――」

「はなむら先輩、怪我したんですか?手当てしましょうか?」
「いやいやいや俺のことより苗字が平気なの!?重くないの!?っつーかなんでお前がその役割なの!!?」
「私は保健委員なので。怪我人を介抱するのが仕事、ですよね?」
「つうか何故に抱えてるのが大谷さん!?」
「足をくじいたようなんですが、同じクラスの方がどなたも運べないと困っていたので」
「ち、力持ちなのは何も問題ないっ…だけどっ、嘘でもいいから5キロ超えたら重たくて持てないふりをしろ!
いいな!!お前このままいくとただの変人だぞ!?」
「変人扱いは困りますね。情報が集めにくくなる。わかりました。以後、気を付けます。」
も、もう手遅れかもしれないけど・・・・・!
そんな俺の心配をあざ笑うかのごとく、苗字名前についての噂はこのたった数日で次から次へと聞こえてきた。
100mを9秒台で走った1年がいるとか、未だかつて誰も完食したことのない学食の超特大カレーライスを食べきった女子がいるとか、5限、音楽室からトミエマばりのギター演奏が聴こえてきて眠気も吹っ飛んだとか・・・・・
もう駄目だ、凡人の俺には超人の苗字を前に為す術がない。
そもそも、誰に止めろと頼まれたわけではない。ただ俺が勝手に心配してるだけだ。別に悪いことで目立ってるわけでもないのだから、気にするなと言われればそこまでなんだが、
「―――いや、でもやっぱり、常識ってもんを教えることは必要だろ、うん」
おせっかいと言われてもしょうがない。これが俺の性分なんです。
もちろん、俺がそう割り切ったところで彼女の猛進が止まるわけもなく、次の日もまたその次の日も、新たな伝説が聞こえてきては本人をつかまえて「ほどほどに」と言うことしか出来なかったわけですが・・・・・・
(あー、なんか…この数日、苗字の面倒ばっかみてる気がする、俺……)
閉店時間も近づいたジュネス・バックヤードの休憩室。
これだけ遅い時間帯だと、バイトも最小限の人数でまわしているせいかすごく静かだ。それをいいことに、人目もはばからず自販機で買った緑茶を片手に机に突っ伏していると、
「ねえねえ、あの最近入った子、苗字さんだっけ?彼女すごいよね」
「うんうん、まだ入ったばっかなのにレジうちも出来るし、重いもの持ってくれるし」
「ねー、下手すると男子より力持ちなんじゃね?って感じ」
「助かるよね〜」
ちから・・・・もち・・・・?
はは、うん、心配しすぎだって自分。あの女子たちがか弱いだけで、苗字自身は
ちょっと力あるだけだって、うん、何も問題ないって、
そう考える頭とは裏腹に、休憩中だった体は勝手にバックヤードへと小走りしている。いや〜〜ほんと、俺って心配性で困るわ〜〜あははは・・・・

「あががが苗字マジ手加減してぇえええええ!!!」
「はなむら先輩?これぐらい一人で運べますから気にしないでいいですよ」
「お前がよくても常識的にまずい!お前のその見た目でそんな無茶かましてたらまずいんだって!」
半ば奪い取るような形で苗字の荷物を半分持つと、俺でもややしんどい重量感。
だ、誰にも見られてないだろうな?今のどっきりシーンは・・・・!
”外観のイメージも気にしないといけない・・・人間は難しい・・・”などと言ってる苗字名前の独り言が明日からの生活をまたそこはかとなく不安にさせる。
おれ・・・体、もつかな・・・・
くいくい
倉庫の片隅に荷物を下ろし、そのしゃがみこんだ姿勢のままそ遠い目をしていると、苗字にTシャツのすそを引っ張られた。
「?ん?どした??」
「ようすけ、その・・・迷惑をかけてごめんなさい。あなたにそうさせないために
しているつもりなんですが、この世界についてまだまだ勉強不足のようで・・・・」
「い、いや、別に迷惑とか・・・」
お、これは、ちょっと困った顔してる・・・のか?
俺と同じようにしゃがんで、目を伏せ気味に話す彼女は、どこか小動物的な空気を醸し出していて、とても責める気にはなれない。ぶっちゃけかわいい。
その姿を見ることに集中してしまって、なかなかうまい言葉が出てこないでいると、苗字のほうが先に立ち直った。
「すみません、ようすけ。早くあなたの力になれるよう頑張ります」
「い、いやいやいやっ、そんなかしこまらなくていいって!わからないんだから仕方ねーよ。」
それに、俺のためとかそんなの気にしなくていいし――」
「いえ、私にとってはようすけがなにより大事ですから」
「・・・・はい?」
「私はようすけあってこそ、ここにいます。だから、私はようすけのために動きます」
「え、えぇえと、俺の、ため??な、なんで?って、ていうかさ!この間も思ったんだけど、俺がお前を作ったってっ・・・」
思わず声が大きくなっていたのだろう、苗字が唇の前で人差し指をたてて俺の言葉を制止した。慌てて自分の口を手のひらで覆う。しばらくして、ガラガラと台車の通り過ぎる音が閉じた扉の向こうから聞こえる。
別に聞かれて困る話でもないが、説明を求められても面倒な話題だという認識は共通だったのか、俺も苗字もほっと息をつく。
「・・・そろそろあがりの時間ですね」
苗字が俺の肩越しに壁の時計を見てそう告げる。
そう言われて自分の腕時計を見ると確かに、もうそんな時間だ。
一度切れてしまった話題をもう一度もちだす勇気もなく、今日はこれ以上話せることもないと踏んで俺は立ち上がった。しゃがんだままだったせいか、軽くしびれていた足を前後に振る。
ついで苗字が立ち上がった。そのとき
ぽすん
「・・・・・・・・」
「あ、あれ、す、みません、ん?」
「・・・もしかして足、しびれてる?」
「しびれ?って何ですか??あっ、この、足がじんじんしてる状態のことですか?」
苗字は自分の状態がまったく理解できてないようだが、俺だけはすぐさまこの状況を把握した。不意に立ち上がった苗字名前が、足のしびれに耐え切れず俺にもたれかかってしまったこの状況だけは。
なんとか自分の足で立とうと頑張っているようだが、頑張ってなんとかなるわけでもなく。恨めしそうに足元を睨んでいる彼女は多分、自分がどれほどの握力と距離で俺にしがみついているかなんて考える余裕もないんだろう。
その・・・・・前かがみのせいで開いた襟元から見えるんですけど・・・・・胸が。
いやっ、もちろん全部見えてるわけじゃなくてね?なんてーの、その、谷間?的な?そりゃあヤン●ジャンプの巻頭グラビアほど露出が多い服なわけじゃないし、大した隙間じゃありませんよ?
でも、現実に不意打ちでこういうの見ると、喜ぶとか以前に思考が停止すんのな。見ちゃいけない見ちゃいけないしかし見えてしまう、この悪循環は自分の理性ではもはや止められようもなく―――
「・・・・ふー、もう大丈夫です。ありがとうございます、ようすけ」
その一言で我に返る。
やべっ、いまどれくらい見てた!?完全に見入っていた自分に今更ながら焦る。
そんな俺の気持ちなど露知らず、苗字は言うことをきくようになった二本の足で颯爽と扉に向かう。
ありがたいことに、苗字はさっきまでの俺の視線にまったく気付いてないみたいだ。これ、相手が里中や天城だったら確実にビンタが飛んでくるシーンだった。
(た、助かった〜〜〜)
「はなむら先輩」
「は、はいっ!?」や、やっぱりばれて――――っ!?
「脈拍がやや早く呼吸があがり気味、頬もわずかですが紅潮して見えます。
風邪の初期症状にも似ているので、いちおう体調には気を付けて下さい。」
「・・・・・はい」
明日もこいつはきっと何かやらかす――――そんな確信を持った夜でした。