How to go 16

「失礼します」
苗字?どうして男子のテントに?」
「こういう状況なんて言うんだっけ。夜な夜な異性の寝室に忍び込む、えーと・・・」
「夜這いにきました」
『それだ!って・・・ぇええええええ!!!?
「冗談です」
「おぉおおおい苗字!変な冗談言うなっ、先輩二人とも固まってんだろーが!」
「う、うっせーよ完二!お前こそ顔、真っ赤じゃねーか!」
「た、大したものじゃありませんがよろしければこちらを・・・」
「おかまいなく」
「鳴上先輩っ、俺のおっとっとをおもてなしに使わないでくださいっス!!」

林間学校の夜、花村たちのいる男子テントに堂々と入ってきたのは苗字名前だった。


「いやーマジでびびった・・・苗字、おまえモロキンに見付かってたらマジで停学モノだぞ?」
「もろきん?」
「先輩らのクラスの担任だと。俺も昼間目ェつけられてよ、やれ見た目が不良だのなんだの随分いちゃもんつけられた」
「まー完二は見た目がこれだからともかく、成績優秀な苗字が相手でも容赦しなそうだからな、アイツ」
「それで、苗字。わざわざこんな夜更けにどうしたんだ?」
「昼間、小西くんを連れて行ったことについてなんですが・・・その、何か言われましたか?」
「なにか?」
「あなたたちを嫌っているような、そういう」
「あぁ、そんな雰囲気はあったけど」
「うん。でも、すぐ打ち解けてくれたよ」
「鳴上先輩の先制パンチが効いたんスね」
「先制ぱんち?」
「こいつな、小西がつれてこられるなり『お前、クラスで浮いてるのか?』なんて聞くんだよ。そんなこと思っててもストレートに聞かねーだろ?おかげであっちもすっかり毒気抜かれたみたいでさ、いろいろ話してくれたわけだ。嫌いって言ってすみませんって、謝ってくれたよ」
「そう・・・でしたか・・・」
「小西、テントに戻ってからなにか言ってたか?」
「いいえ、何も。私も聞いていいものかわからなくて触れなかったんですが、なるほど、彼の雰囲気がどこか違ったのはそのせいだったんですね」
「大丈夫そうだったか?その・・・」
「ええ、彼はもう大丈夫だと思います」

彼女のその短くもしっかりとした声音が、鳴上たちの心に安堵感をもたらす。
突然、先輩の中に連れてこられた小西尚紀にとって、あの会話が彼を傷つけたり、無理を言わせていたりはしなかっただろうかと、少なからず心配はしていた。
だが彼が会話の中で見せてくれた笑顔は、こちらを信用してくれた嘘偽りないものだったと確信できたからだ。

「にしても苗字、それ聞くためだけにわざわざ男テントまで来たのか?」
「どうしても気になってしまって」
「小西のこと、心配してるんだな」
「それもですし、あなたたちのことも」
「へ、俺たち??」

花村が素っ頓狂な声をあげる。鳴上と完二もなにが?と言わんばかりに彼女を見つめる。

「あなたたちは」
ランタンの灯りに落とした視線をすぐ彼らの目線に戻すと、彼女は何かを思い詰めたように問いかけた。

「あなたたちは、何故、自分たちがこんな目にあっているんだろうとか、そういう理不尽な思いはないのですか?」
「りふじん?」
「あれだけテレビの中で危険な目にあっているのに、小西尚紀のようにそのことを理解してもらえないこともある。仕方のないことかもしれませんが、それはとても辛いことだと思います」
「まあ、面と向かって嫌いって言われるのはけっこう、きつかったな、はは」
「花村先輩、よく笑えますね。俺だったら、胸倉掴んで怒鳴ってたかもしれねぇ」
「ま、そこはそれ、俺はにっくきジュネスの息子だし?言われ慣れてんだ、色々さ」
「そっちのほうがもっとタチわりぃっすよ・・・」
「万人に理解されることではないとは言え、あまりに・・・その・・・」
「・・・苗字は、自分が理不尽な目にあっていると思っているのか?」

あえて軽い調子で話していた花村を尻目に、鳴上が彼女に問いかける。その一言をきっかけに、話題の重さに伴った沈黙が狭いテントの中を支配した。

「いいえ」

一呼吸おいて、彼女はきっぱりと否定した。

「私は、私が出来ることをしたいと、そう自分の意思で決めました。私にしか出来ないことなのだから、私がやるべきなのだと」
「うん」
「誰かに理解してもらおうと思ったことはありません。どんなことが起きても、それは自分の責任だと理解しています。せめて後悔しないように、自分のやりたいようにしているつもりです」
「うん」
「でも、それは私だから。あなたたちには今、生きている現実がある。テレビの外であなたたちを待っている人がいる。家族や、友人や、これから出会うたくさんの人たちも。あなたたちにもしものことがあったらと思うと、私は」
「同じだよ」
「え?」
「うん、なんも違わねーな」
「かんじくん?」
苗字、俺たちもさ、自分にできることをやりたいんだ。誰かに言われてやってるわけじゃない。そりゃ痛いこともたくさんあるしさ、命がけって改めて言われると、俺けっこうヤバいことやってんなーって少しぞっとしたけど」
「はなむら、先輩・・・」

「でも、気付いた以上は何もしないで黙ってるなんてこと、したくないんだ。それでまた犠牲者でも出たら後悔するだろ、絶対」
「それに俺たちゃペルソナ持ってんだ。そう簡単にくたばらねーよ」
「俺も、二人みたいなきっかけはなかったけど、自分のペルソナが出せて、それであの世界で戦えるとわかった以上は、やっぱり放ってはおけないよ。それに苗字、ひとつ勘違いしてるみたいだから言うけど」
「かんちがい?なんですか?」
苗字に何かあったら、俺たちだって嫌だよ?」
「そうだぜ苗字!てめぇ自分のことはどーでもいいみてーに言ってっけど、んなわけねーだろうが」

完二がやや大きな声をあげてそういうと、彼女は何がなんだかわからない、という顔で3人を見つめる。花村は人差し指を口元にあててしーっと完二をいさめると、そのまま抑えた声でゆっくりと彼女に問いかける。
苗字さ、人間じゃないって言ってたけど、それは例えば死なないってことなのか?」
「・・・いいえ・・・」
「だったらお前も自分のこと、もうちょっと大切にしろよな。仲間なんだから」
「わたしも、なかま・・・」
「いまさら気付いたような顔しやがって、それぐらいわかれよ。ったく、手のかかるやつだな」
「学校でも散々、面倒みてもらってるお前がデカイ顔すんなってーの」
「いって!先輩なにするんスか!面倒とか俺はなんも・・・!」
「お前、授業サボるたびに苗字に家までプリント持ってきてもらったりしてるだろ。だめだぞ、苗字が優しいからって甘えてたら」
「あ、甘えてねーっす!!」
思わずまた声を大きくして反論する完二は、灯りが少ないせいではっきりとは見えないものの、きっと顔を真っ赤にしているんだろう。小さい子に言い聞かせるような口調で話したのはあえてだったようで、鳴上も狙いどおりだと言わんばかりにそんな彼をみて笑う。
彼の後頭部に軽いツッコミを入れた花村も、静かにしろと諌めながら小さく笑い、テントの中はすっかり、穏やかな空気になった。

「まぁ、それは置いておいてもなんで俺、ペルソナを出せるのかはいまだに不思議なんだけどさ」
「それはあれだろ、選ばれし者よ・・・!ってことだろ?」
「おおっ、なんスかそれ、カッコイイ・・・!」
「そういえば、苗字は自分のペルソナ、出したことないよな?」
「はい、正確に言うと、わたしはペルソナを持っていません」
「あー、だからいつも避けたり守ったりってスタイルなんだな、お前」
「あとは俺に力をくれたりな。ペルソナがなくても苗字は十分強いよ」
「いえ、私は決してあげているわけではなく、鳴上先輩がもともと持っている力を引き出しているだけで」
「いつかお前のシャドウとかも現れんのかなー。もし出てきたら相当、手強そうなんだけど」
「出来れば戦いたくないな」
「だよな」
「随分な言われようですね」
「はは、それだけ頼りにしてるってこと」
「・・・ありがとうございます」

小さく笑いあう4人の声が耳に心地よい。
あぁ、まただ。と花村は思った。
視線の先に、わずかながら口角をあげて穏やかに笑う苗字名前がいる。
痛そうなときも辛そうなときも、まったくと言っていいほど表情を変えないこの少女はこういう空気のとき、それはそれは嬉しそうな顔をする。
人間ではない、と言い切る彼女は、しかしどうしてこんなときに、自分が知る誰よりも穏やかで優しい顔をして笑うのだ。


「―――長居してしまいました、そろそろお暇します」
「ああ、先生に見付からないように、くれぐれも気を付けろよ」
頬に先ほどまでの笑顔の余韻を残して一礼すると、苗字はテントをあとにした。
周りに人の気配がないことを確認すると、早足でテントの合間をすり抜け手近な林に身を隠す。



「・・・巻き込んでごめんなさい。でも、それでも私は・・・」
数歩離れて振り返った彼女が小さな声で呟いたその一言は、誰に聞かれることもなく草葉の陰で鳴く虫の声にかきけされた。