扉を開けるとそこには―――
『あっ、あンやだぁ・・・あ、スゴイ・・・!』
「っっざっけんなてめぇ!!!」
「「「「 う わ ぁ 酷 い 光 景 」」」」
「な!てめーら!なんでココに!!?」
「あーそのー、一応おれたちー」
「助けにきた・・・」
「あぁん!?なんだそのやる気のねートーンは!!!?」
5月18日(水)、巽完二が誘拐された。
今日のテレビの中はいつにも増して濃霧がまとわりつく。
いや、この湿気をたっぷりと含んだ生温い感覚、これは霧というよりむしろ湯気だ。そう、ここは昨夜、マヨナカテレビで巽完二が褌一丁で突入していった、あの銭湯である。
このテレビの中の世界はどこまで続いているのか、そもそも果てがあるのか。霧深い上に入る毎に様子が変わっていくこの空間で、自分たちが今どのあたりにいるかということは正直なところあまり把握できてはいないが、それでも回数を重ねるごとに自分たちがこの霧の奥へ奥へと踏み入っていることだけは感覚としてわかる。
独自の嗅覚が鈍ったのか、一度では完二の居所をつかめなかったクマも、彼らがテレビの外で掴んできた完二お手製のうさぎストラップによって本人のにおいを追いここまでたどり着けた・・・たどり着けた先が、このなんともいかがわしい雰囲気を放つ銭湯なのである。
しかも被害者であるはずの巽完二が、褌一丁の同じ顔をした自身のシャドウ相手にいきなり馬乗りになって罵声を浴びせているというなんとも特殊な状況が、残念ながら今まさに彼らが直面している現実である。
「なんにせよ、たつみくん本人はまだ無事でしたね」
「そうだな。あとはさっさと助けて、早く帰ろうぜ。鳴上、そのストラップ、落とさないようにな!」
「ああ、もちろんだ」
花村の言葉にそう応え内ポケットがある辺りをそっと右手で押さえると、わずかにクッションを感じる物体、これは巽屋の近所の子どもが、巽完二が作ってくれたと自慢げに見せてくれた、それはそれは可愛らしいうさぎのマスコットが付いたストラップだ。
なんでもその子は、これに似た友達のストラップを失くしてしまい、河原で1人泣いていたところを通りがかった巽完二に慰められ、話を聞いた完二がこれを作り、その子たちの仲直りの手引きをしてくれたという。
「なんつうか、色々ギャップがありすぎるやつだよなぁ。学校一の不良かと思えばそんなカワイイ趣味してるし、割と親切だし」
「たつみくんは、皆さんが言うほど悪いことはしていないと思われます。実際わたしが学校に行って彼を見ている範囲でですgステーンずべしゃあああ!!!
「だっ、大丈夫!?名前ちゃっっ、うゎっ・・・?うわぁああっ!?」
「千枝!?二人ともどうし・・・きゃあああ!?」
「お、おい!おまえら大丈夫かっ・・・!?」

「鳴上!録画できるもん持ってねぇか!?」
「くっ、ない・・・!!!」
「何バカなこと言ってんだそこぅぅぅわ!(ヌルべしゃ!)」
「ち、千枝っ、滑るから気を付けぅぅうう・・・!(プルプル)」
『んっふふ、邪魔はさせないよ〜?』
特捜隊の弱々しい突入の隙にマウントポジションをとっていた巽完二を押しのけたシャドウは、風呂場からヌルヌルとしたものを溢れさせ、気付けばそれが床一面に撒かれていたところに、まんまと苗字たちが飛び込んでしまった。ちなみに鳴上と花村は、ここにきて突入から一歩も前に進んでいない為、今のところ憎らしいほどにきれいな体である。が、それも長くは保てなかった。
もともと男子2人は、この銭湯に入る前から本能的に何かを察知し頑なに潜入を拒んでいた。里中や天城はその異変を感じつつも「巽完二を助ける」という責任感から、勇猛果敢に前へ出て行ったことが仇となった。
慣れない足場で転んだ女子3人がなんとか立ち上がるも、完二のシャドウ本体と思われる褌一丁の姿から発せられるオネェ言葉にやる気を削がれ、派生したシャドウの一部と思われるスキンヘッドの魔人2人組みには、男子2人が尻を優しくなぞられるという精神的なノックアウトを受け、二人の顔にはもはや生気が感じられない。
加えてそのシャドウたちの挑発的な言動に激流させられ、我を失ってペルソナを暴発する里中と天城、先のぬるぬるローションで開始早々、戦場からフェードアウトしたクマ、同じくそのローション被害をもろに受けた全身なめこ状態の苗字名前。
正直、今日のバトル模様はたいへんカオスな状況となっている。
しかし、そんなふざけた言動とは裏腹に、巽完二のシャドウの攻撃はかなり強い。
完二が本来持っている腕っ節の強さは勿論のこと、シャドウが放つ電撃がこの密室めいっぱいに撃ち落され、もはや避けきれるものではない。一発浴びるごとに確実にこちらの体力を削ってくる。ここにきて有効な対抗策を見つけられないでいる特捜隊の目の前で、巽完二は徐々にシャドウの言葉に翻弄されていく。
『男のくせに、男のくせに、男のくせに!・・・女は怖いよなぁ』
「こわかねえ!」
『男がいい!男のクセにって言わないしさ。僕は男がいいんだ』
「ちがう!!!」
『違わないよ。きみはボク、ボクはきみだよ・・・』
「ふざけんなっ・・・てめぇみたいなのが、俺なもんかよ!!」
巽完二の怒声を浴びるやいなや、シャドウは高らかな笑い声とともによりいっそう激しく稲妻を走らせる。その眩しさと次に来るであろう衝撃に、巽完二も周りの特捜隊も身を固くして顔を覆う。
しかし、直後聞こえてきた声ではじかれたように顔を上げると、
「鳴上!?」
「鳴上くん!!?」
「ぐっ・・・ぁああああ!!!」
とっさに巽完二をかばったイザナミの大きな体が、シャドウの雷を直に受けてしまった。そして、そのペルソナの持ち主である鳴上の体にも、受けたことのない大きな衝撃が走る。このテレビの中の出来事はゲームでも夢でもなく、現実に起こっていることなのだと思い知らされる痛みに意識が遠のく。
このままじゃ・・・でも、どうすれば・・・・!
痛みをこらえる気力もなく、重力のなすがまま後ろに崩れ落ちる。空気の抵抗を背中にうけ、天を仰いだ視界を自ら閉じたとき。
―――――ついに、この時がきたようですね――――――
あの、イゴールとマーガレットの声が聞こえた。
そしてそれと重なるようにもう一人の声が。
「諦めないで」
「だれだ・・・・・?」
「あなたなら、もうできるはず」
「・・・苗字・・・?」
―――――お客様のもつ、ワイルドの真の力を目覚めさせる時が――――――
閉じた瞬間、瞼の裏にしっかりと見えたのはイゴールたちのいるベルベットルーム。目を開けると、夢から覚めるようにその景色は消え去り、視線だけで左上を仰ぐと、まっすぐに鳴上を見据える苗字名前の顔が見えた。
背中に感じる感触から察するに、後ろに倒れるはずだった彼の体を、その細い両腕で抱えるように受け止め支えてくれたようだ。
「力は、ひとつじゃない」
「苗字・・・・」
「無限の可能性を、あなたが作るの」
苗字の一言がストンと心に落ちる。
その感覚と同時に、青白く光る2枚のカードが脳裏に浮かんだ。
「ジャックランタン・・・・」
苗字名前が左腕をまっすぐシャドウに向けて伸ばすと、さっき思い浮かべたカードの一枚が。それにつられるように、鳴上も彼女に支えられながら右腕を伸ばす。
「・・・・女教皇、ガンガー・・・・!」
思い浮かべた2枚のカードが鳴上と苗字名前の前でひとつに合わさり、稲妻とは違う青白い光とともに獰猛な獣の鳴き声が地面を揺らしながら響き渡る。
「「ヤマタノオロチ!!!」」